ツナガリのユクエ。

<アウハワカレのハジメ>

平成最後の1月末日。
季節柄、出会いと別れが交錯いたします。

とある卒業式に参列。
「会うは別れの始め」とか。誰が言ったのか、正解である。
どんなに一緒に居たくても、いつかは別れがやってくるもの。
終始笑顔で時は流れた。睡魔が襲う、そんな最中。
「大空と大地の中で」が校長祝辞の最中に流れ、私の胸を刺した。
無論、松山千春の名曲である。校長と気が合うかも・・・。

平成生まれの卒業生には分かるまい。

そんな折、「繋がり」の活字が祝辞の中に踊ったのを聴いて
ふと繋がりの行方を考える。
一度、絡まってしまえば、ほどく事は皆無のように思えたが
「会うは別れの始め」に同義語なのか。

「繋がりは○○の○○」 思い浮かばない・・・。

繋がり方にも種類がある。
性別・年齢・思考・宗教・性格・嗜好・趣味・仕事・仲間

一期一会であり、別れの始まりでもあり、永遠でもある。

能動的な繋がりと受動的な繋がりと、どちらが未来へと結ぶのか。
どちらにも可能性はあり、道徳心・倫理観さえあれば
自らがどのスタイルでも繋がって行くのである。

と私は信じたい。

性善説:本来の人間の性質は善であるが放置すれば悪に向かう。らしい。
性悪説:本来の人間の性質は悪であるが努力すれば善に向かう。らしい。

先人は難しい事を総括するのが上手い。
両説も熟考すればするほど同じなのではと思料する。

つまりは「道徳・倫理」なのだと。

追伸、卒業式にて何十年ぶりに「仰げば尊し」を朗唱する。

                           代表取締役 川邊 源安